いきかえりの宿 滝波ブログ

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2008年04月

NHK 大河ドラマ 「天地人」

直江兼続



来年のNHK大河ドラマ「天地人」

主人公は、上杉の智将 直江兼続 

智勇兼備の武将として名高い直江兼続は、永禄三年(1560)に坂戸城主・長尾政景の家臣・樋口兼豊の嫡子として生まれました。幼名は与六。非凡な才能を景勝の母・仙洞院( 上杉謙信の実姉 )に見出され、六歳から上杉景勝の小姓・近習として仕えることになりました。天正九年( 1581 )、与坂城主・直江信綱の死後、直江家を相続。直江山城守兼続となり、豊臣政権下で上杉家執政として手腕を発揮しました。
慶長三年( 1598 )の景勝の会津移封に伴い、家臣としては異例の米沢6万石を与えられ、景勝の信頼と秀吉からの高い評価を受けます。関ヶ原の戦いの後、兼続の働きにより上杉家は存続を許され、上杉家は米沢三十万石へと減封となりました。その際、米沢には家臣団六千騎余と随従合わせ約三万人が移りましたが、殖産政策・学問にも造詣が深い兼続は、城下町づくりを始め、民生にも尽力し、現在の米沢市の骨格を作りました。
景勝と共に上杉謙信の薫陶を受け、「信義」の精神を大切にし、上杉家への「義」を貫き通した兼続。「愛」の前では、兼続の「愛民」の精神を武将としての信条としていた証しでもあります。
ドラマタイトル
「 天地人 」

上杉景勝の家臣でありながら、天下人・豊臣秀吉・徳川家康らを魅了した男・直江兼続。
少年時代、兼続は上杉謙信から「 目先の利に捕らわれず、背筋を伸ばして生きることが、”義”の精神 」と教えられ、この言葉を深く心に刻むことで成長し、謙信亡き後、上杉景勝を支えながら上杉家存亡と越後の民を守る戦いに挑みます。

宮内 熊野大社

熊野大社


御由緒

大同元年(806年)、平城天皇の勅命により再建された神社です。その後も時の天皇、法皇の恩恵をうけ、のちに天台宗・真言宗・羽黒修験・神道の四派も加わり、熊野修験の霊場としても栄えました。

熊野大神様

熊野夫須美大神( くまのふすみの )

夫須美はムスヒの意味。「ムス」はあらゆる物を生み出す意味。「ヒ」は霊を表します。あらゆる命を生み出す霊妙な力をお持ちになった大神様です。

熊野速玉大神( くまのはやたまの )

「速」は勢いのある様。「玉」は魂の意味で、生き生きとした魂(生命)の神様です。

熊野家津御子大神( くまのけつみこの )

「家」は食べ物の意味。熊野夫須美大神と熊野速玉大神のあいだからお生まれになり、人間生活で最も大事な食糧の神様です。

熊野大社2
熊野大社の御利益

熊野大社の三柱の大神様は生命をつかさどり、新しい生命を生み出す結婚の神様でもあります。

八咫鳥大神の御利益( やたがらすおおかみさま )

神武天皇が紀州の熊野から大和の地に向われる時、道中の道案内として奉仕したのは熊野の八咫鳥大神様でした。道案内の神様として祀られ当熊野大社でも交通安全の神様としてお祀りしてます。

二十七柱の大神様

熊野大社の境内には二十七柱の大神様をお祀りしています。学問の神様、勝負の神様など、古い歴史を持った由緒ある神様です。

熊野大社例祭

毎年七月に行われている例祭は、日本でも有数の歴史を持つ獅子頭(現在は二代目)を中心に勇壮な獅子バヨイ、ボンテンバヨイが繰り広げられます。精進を経た者にのみ許されるシンメ(麻糸で編んだ紐)を肩にかけ、行衣( ぎょい・参加を許された行者の服装 )を着て奉仕されます。稚児舞( ちごだご )、若水くみ、と日本の伝統がそのまま残された祭りです。






米沢の民芸品

おたかぽっぽ

笹野一刀彫は千数百年来、米沢市笹野地区に伝承する有名な郷土玩具です。技法はアイヌのイノウといわれ、笹野の里にはアイヌの遺跡があります。
千百余年前、坂ノ上田村麿呂が東征の際、戦勝祈願に開基した千手観音と共に信仰玩具として興ったとされています。

一刀彫製作風景

材料は里人がアブラコと呼んでいる野生の喬木で「サルキリ」という独特の刃物を使って彫り削り、簡単な色彩をつけたものですが、その野趣に富んだ素朴な作品は一種の風格を備えて多くの愛好家から親しまれてきました。

上杉十代の藩主鷹三公が豪雪にとざさる冬の副業として指導、奨励されたことから、公の訓えを「鶏」のように早起し「餅つき兎」のように努力「蘇民 将来」を信仰し「恵比寿大黒」を守り神に「笠かぶり農婦の如く農に励めば、「亀」のように長生きし「せきれい」の如く子孫が繁栄して「おたかぽっぽと身代がふえる」と作品に表現して今日に至ったとつたえられております。

優美な気品をそなえた笹野一刀彫が、農耕でふしくれだった農民の手で掘り削られ、更に技法をみがき乍ら今日まで伝えてきた長い伝統は驚嘆の外なく、工人達の研究工夫は昨今の作品に一層の気品をそなえ、山形県の推奨品として諸外国にも輸出され公表を博してます。
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